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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1401号 判決 1980年10月23日

一審原告(控訴人・被控訴人)

ふじハイツ株式会社

右代表者

藤井成一

右訴訟代理人

茨木茂

山口英資

一審被告(控訴人・被控訴人)

株式会社三井銀行

右代表者

小山五郎

右訴訟代理人

各務勇

牧野彊

主文

一  一審原告の控訴に基き、原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告は一審原告に対し金五〇万円及びこれに対する昭和四六年一〇月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の主位的・予備的各請求(差戻後の当審で追加した分を含む。)をいずれも棄却する。

二  一審被告の控訴を棄却する。

三  訴訟の総費用は、これを二分し、その一を一審原告、その余を一審被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項1に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

当裁判所は、一審原告の主位的請求(委任契約上の債務の不履行に基く損害賠償請求)は、一審被告に対し慰藉料金五〇万円及びこれに対する一審原告主張の期間・利率による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが、その余の部分及び予備的各請求中それぞれ右金額を超える部分は失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり加除訂正のうえ、原判決の理由第一ないし第五の説示を引用する。

一  原判決一六枚目表四行目「元張」を「元帳」に改める。

二  (証拠関係)<省略>

一九枚目表四行目「以上により、」から同七行目までを削り、同所に行を改めて次のとおり加える。

「4 以上の事実、ことに不渡届消印手続依頼書が一審被告錦糸町支店に提出され同係員がこれを受領した事実からすれば、特段の事情の認められない本件では(右依頼書の提出に加えて、一審原告が一審被告係員に本件手形付箋の不渡事由の誤記につき告げなかつたことは、右にいう特段の事情とならない。)、一審被告は右依頼を承諾し、もつて一審原・被告間に不渡届消印手続に関する委任契約が成立し、かつ、一審原告にとつて右委任の目的は取引停止処分の回避にあつたものといわなければならない。」

三  二一枚目表二行目「であろう。」から同五行目「しかし」までを「ものというべきである。もつとも」に、同裏八行目「処理すれば」から二二枚目表二行目までを次のとおりに改める。

「処理するにしても、持出銀行たる一審被告が、当然前記受任にかかる消印手続をとらないで不渡届(甲片)を交換所に提出するのが相当であるとの結論には到達しない。

むしろ、一審被告は、前記委任契約を締結した以上、契約の本旨に従い、一審原告の取引停止処分を回避させるため、消印手続をなすべき義務を負うのであつて、仮に、一審被告が消印手続を無意味ないし不相当と判断した場合、すくなくとも遅滞なく委任者たる一審原告に連絡して委任の意図を確かめるなどの措置をとるべきであり、そして委任契約を解除しない限り、一審被告が消印手続をなすべき義務を免れるいわれはないところ、一審被告がかかる措置をとり、あるいは委任契約解除の意思表示をした旨の主張立証はない。

しかも、交換規則二三条、二四条によれば、取引停止処分を受けた者であつても、その取引停止処分が取り消され、又に解除されることがありうるから、取引停止処分を受けた後に新たに支払を拒絶された手形を買い戻した者が不渡届消印手続を求めることが一概に無意味であるとはいえず、このことは、一審被告銀行に備え付けられている不渡届に関する依頼書用紙の不動文字による不渡事由欄の記載中「取引解約後」には「停止処分による解約後を含む」との文言が付記されていることからも、これを窺うことができ、この場合消印手続が無意味であると速断することは許されないのである。

以上のとおりであるから、一審被告は昭和四六年五月一日一審原告の依頼した消印手続をとることなく、本件手形につき不渡届(甲片)を交換所に提出したことにより、前記委任契約債務の不履行の責を免れず、これに起因して一審原告は本件取引停止処分を受けたのであるから、一審被告は右停止処分によつて一審原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。」

四  二二枚目表三行目を「第三(削除)」に改め、同四行目から同末行までを削る。

五  二三枚目表初行を「第四(本件取引停止処分の解除に至る経緯について)」に改める。

六  二五枚目表七行目から三一枚目裏末行まで(理由第四の二)を削る。

七  <証拠関係中略>をそれぞれ加え、三六枚目裏末尾に「さきに述べたとおり、一審原告は、昭和四六年三月一〇日その代表者藤井成一の経営する第一麻袋が取引停止処分を受けたことを理由に、第三信用から当座取引契約を解約されているのであつて、かかる状態にある一審原告にとつて、たとえ本件取引停止処分を受けていなくても、その主張のような巨額の資金を調達しうるものとは容易に認め難い。<証拠判断略>。さらに、本件取引停止処分は同年七月一七日に解除されたが、その後一審原告において右建設計画を進めようとしなかつた理由につき、前記藤井成一の証言等によつても首肯しうる説明が得られない。」をそれぞれ加える。

八  三七枚目裏八行目「過失相殺」の次に「、信義則違反及び損害填補の主張」を、同九行目冒頭に「1」を、三八枚目裏初行の次に次のとおり、それぞれ加える。

「2 一審被告は、一審原告が不渡届消印手続依頼に際し、本件手形付箋記載の不渡事由を確かめなかつたこと、あるいは、その誤記を一審被告に告げなかつたことが一審原告の過失であり、ひいては一審被告に対し受任義務違反を主張するのは信義則に反すると主張するけれども、取引社会における銀行の信頼度の高さ、金融機関における手形処理の公知の実情及びその性格に照らし、一審原告としては、不渡手形を買い戻したうえ、銀行の担当者に対し当該銀行備付用紙による不渡届消印手続依頼書を提出し受領されたのであるから、それだけで依頼どおり消印手続がなされるものと信ずるのが一顧客として当然であるというべきであるから、一審被告の右主張はいずれも採用しない。

3 一審原告・第三信用間に一審被告主張のとおり調停が成立したこと(但し、調停条項については後述する。)は当事者間に争がない。<証拠>によれば、右調停調書には一審被告主張のような条項の記載があること(但し、第三信用の一審原告に対する債務免除は、一審原告が一定期限まで一定金員を支払うことを条件とする。)が認められるけれども、<証拠>によれば、一審原告・第三信用間の金銭消費貸借契約書には、いずれも借主たる一審原告が手形交換所の取引停止処分を受けたときは期限の利益を失い残債務に約定利率を超える年率の遅延損害金を付して支払うべき旨の定めがあるところ、右調停調書記載の一審原告の債務の確認は文言上借主たる一審原告が本件取引停止処分を受けたことを前提にこれら契約書の記載に従つてなされていることが認められるところ、本件取引停止処分が第三信用の過誤によつてなされたものであることは既に述べたとおりであつて、一審原告が第三信用に対する関係で本件取引停止処分を受けたことに基く不利益を被ることは衡平に反するというべきであるから、一審原告は第三信用に対し右調停成立当時かような債務を負つていたことを無条件に認めたわけでなく、調停条項において一応これを認める形をとつたうえで従前の債務関係の具体的処理につき合意したとみるのが相当である。右調停条項に一審原告の債務を一部免除する趣旨の文言が存するからといつて、あながち一審原告が右免除額相当の利益を受けたとみることはできず、したがつて、一審原告が損害の填補を受けた旨の一審被告の主張は理由がなく、かかる点は慰藉料の算定においても参酌すべき限りでない(なお、一審被告のこの主張は、本件弁論の経過に鑑み訴訟の完結を遅延させるものとは認められないから、一審原告の民事訴訟法一三九条一項による申立は理由がない。)。

第六 (結論)

以上によれば、一審原告の主位的請求は、一審原告の被つた信用失墜等による精神的損害五〇万円の賠償及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年一〇月二二日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当というべきである。各予備的請求についても、損害に関する判断が前記のとおりである以上、叙上の金額を超えて認容されるべき限りでない。

よつて、一審原告の控訴に基いて原判決を右趣旨に従い変更し、一審被告の控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九三条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(杉山克彦 倉田卓次 高山晨)

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